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ポリオとポリオワクチン

2012年9月からポリオは生ワクチンを中止し不活化ワクチンの注射に変更されました。ポリオがワクチンによってどの様に変化してきたか、不活化ワクチンによって今後どの様に変化していくのか考えてみましょう。

 1)ポリオの流行

 ポリオ(急性灰白髄炎)は古代エジプト王朝の壁画にそれらしい足が描かれています。また日本でも北海道洞爺湖町の入江貝塚から見つかった人骨にもポリオを疑わせる病変があります。医学的には19世紀中ごろより流行の記録が報告されていますが、20世紀に入ってから欧米で大流行が始まり、第2世界大戦後に世界各地で流行しています。
エジプトの石碑い
紀元前1500年のエジプト第18王朝のころの僧ルーマはその右脚が完全に麻痺し、高度に萎縮した様子の描かれた石碑と碑文が残されている。

 

 

 

 

 


 
 
 

 
2)ポリオウイルスの発見とワクチン開発

 ポリオウイルスは1909年にウイーンのランドスタイナーとポッパーらによって発見されました。1330年代には米国のコルマーやブロデ―らによって最初のワクチンがつくられましたが、接種者の中から麻痺や死亡者が出て世間から非難を浴びてブロデ―は自殺してしまいました。1951年にポリオウイルスは3種類あることがわかりました。自らが障害者(ポリオと言われるが不明)であるルーズベルト大統領はポリオ対策に熱心で、国立小児麻痺財団を設立し、広く国民に募金を呼び掛け、ワクチン開発を推進しました。1949年には組織培養法が開発されウイルスの研究が格段に進歩しました。

          表1 世界・日本 ポリオワクチン開発と普及の概略

1930年代   不活化ポリオワクチンの開発と失敗
1950年代   不活化の再挑戦、生ワクチンの開発
1960年代   不活化では流行が続き、生ワクチンに切り替え
          一部の国では不活化のまま流行を鎮静化
1980年代   強化不活化ワクチンへの切り替え
2000年代   日本でも不活化導入検討
2012年     日本も不活化導入

 3)ポリオという病気

 ・ポリオウイルスの感染による弛緩性麻痺
 ・発症時には発熱など軽い風邪症状がある
 ・発症の2-3日以降で麻痺の増強はない
 ・左右非対象性に麻痺がおこる
 ・麻痺は下肢に多い
 ・脳の呼吸中枢麻痺や、脊髄の神経細胞が破壊されると、自力で呼吸できなくなる
 ・呼吸麻痺で死亡(死亡率は5-10%)
 ・麻痺からの回復は見込めない
 ・ポリオ罹患者は中年以降に加齢とともに関節変形や筋肉痛など症状悪化する
 
 
 

 4)不活化ワクチン

 第2次世界大戦後の社会で米国は1952年に史上最悪のポリオ患者57,879人、死亡3,145人を出しました。朝鮮戦争(1950年6月25日 - 1953年7月27日-休戦)とポリオの内憂外患に見舞われて、米国民は一日も早いワクチンの完成を求めました。ウイルスの感染力をホルマリンで無くした不活化ワクチン(ソークが開発しソークワクチンと呼ばれた)が1954年に完成し、野外実験を急いで翌年1955年には認可・発売にこぎつけました。  
 

 5)不活化ワクチン事故

 米国では1954年から160万人の子どもがソークワクチンの治験に参加し、安全性と効果が確認され、1955年には6社から同時に発売されました。しかし、そのうちのC社は不活化しないままのワクチンを発売したために、接種後半月ごろから麻痺患者や死亡例が出てしまいました。C社のワクチンは38万人に投与されそのうちの12万人分が不活化されていませんでした。生きたウイルスが残存したため、感染症状を来たした患者が4万人、麻痺患者51人、死亡5人、更には接種を受けた周囲の人に麻痺患者113人、死亡5人を出すと言う前代未聞の惨事を招きました。ソークが開発した製法の一部を勝手に変更していたこと、臨床試験の結果が報告されたその日のうちにわずか2時間半の審議で5社のワクチンを一括認可したというズサンな状況もあったそうです。

 6)ワクチンの安全性管理

 メーカーはソークの開発した製造方法を順守し、国は手抜きなしに必要な安全基準を確認しておれば本来避けることが出来た事件です。この苦い経験からワクチンの安全性管理体制が強化されました。不活化ワクチンの普及とともにポリオ患者は減少していきましたが、患者が終息するまでには至りませんでした。1961年に米国医師会が「生ワクを導入すべきである」という声明を発表し、その年に生ワクが認可され、同年生ワクに切り替えられました。米国で野生株による麻痺が根絶されたのは1979年でした。

 7)日米での患者数の推移

 図1 ポリオが大流行した当時の日本と米国の患者数比較(赤は米国、青は日本) 日米患者数比較





   一方、日本では第二次世界大戦後の栄養不良や水道の普及が遅れていた時代にポリオが繰り返し流行していました。1951年に4000人を超え、以後やや下火になっていたものの1960年には5606人もの患者が出て北海道や九州を中心に全国的なパニック状態になりました。

 図2 日本でのポリオ流行状況 
日本でのポリオ流行状況








ポリオのワクチンは不活化ワクチンが輸入されたり、日本でも製造が始まっていましたが、需要に追い付かず、更に国産品は国家検定に合格しなかったりで、流行を終息させるにはほど遠い状況でした。

 8)生ワクチンの登場

 米国で不活化ワクチンとは別に生ワクチンも開発されましたが、当初は不活化で解決できるものと考えられたため、生ワクはほとんどかえりみられませんでした。しかし不活化ワクチンでは流行がなかなか終息しませんでした。
 一方、生ワクの開発者のセービンは、大流行のあった当時のソ連に技術を公開して、東欧で大規模な野外実験と接種が開始されました。その驚異的な効果が日本にも伝わってきました。まだソ連との国交が無い時代でしたが、大流行が繰り返されたために全国的なパニック状態となり、国民の生ワクを求める運動は日に日に強くなりました。国民の必死の思いに押されて、ついに厚生大臣は安全性の確認も取れないまま決死の政治判断をくだし、ソ連とカナダから緊急輸入しました。
 当時の状況はNHK記者の上田哲氏が「根絶」という記録小説に記しています。これはネットでも全文が読めます。また、緊急輸入をテーマに栗原小巻が主演した「未来への伝言」という日ソ共同映画もつくられました。 
 [

1990年 日ソ共同制作映画
 「未来への伝言」














 9)日本国内での患者数

 ソ連とカナダから緊急輸入された生ワクは1961年に全国一斉に接種され、瞬く間に流行は終息へと向かい、1962年には289人さらに以後確実に減少して1976年には患者ゼロにこぎつけました。
ポリオ患者数の推移













 








 10)不活化ワクチンの改良;強化ワクチンへの切り替え

 流行が鎮静化した1980年代に不活化ワクチンは改良され、純度が高くなり、かつ含まれるワクチンの有効成分(D抗原単位)が増強された強化不活化ワクチンが登場し、先進国では次々と生ワクから強化した不活化への切り替えが行われました。
 ノルウエーは1979年、オランダ1982年、フランス1983年、フィンランド1985年、スエーデン1989年、米国は生ワクと不活化併用の時期を経て2000年に切り替わりました。

 11)生ワクの恩恵と弊害

 生ワクチンは大流行の時期に投与すると劇的に効果を示します。野生株による流行がなくなると、ワクチンによる麻痺が問題になります。ポリオワクチンに含まれるウイルスが数百万人に一人程度、本来の毒性を回復して麻痺(ワクチン関連まひVAPP)を生じさせます。
 現在の日本では過去10年間で15例、年間1.4人の麻痺患者が報告されています。ポリオ患者がいなくなった今日でワクチンによってポリオの麻痺を生じるのは容認しがたいと感じられる状況になりました。
 世界中でポリオの根絶に向けて国をあげての接種が実施され、今ではパキスタン、アフガニスタン、ナイジェリアの3カ国のみ流行しています。ポリオが持ち込まれた国で接種率も高いのに流行が見られるのは、一部に極端に低い接種率の地域が存在し、そこで流行しだすと言われます。国民のポリオに対する免疫レベルをしっかりと維持していかないと、いつどこから入り込んでくるかもしれません。また全く症状のない不顕性感染者からでも伝染します。

 12)生ワクチンと不活化ワクチンの比較
 

生ワクチン

不活性化ワクチン

腸での免疫

強力に獲得できる

獲得の期待は薄い

血液中での免疫

良好に上昇

非常に良好に上昇

便からウイルス排泄

×

あり(周囲に感染)

無し

ワクチン関連マヒ

×

数百万に1例

無し

ワクチン由来株の伝搬

×

あり

無し

集団免疫効果

あり

×

無し

高温環境下での保存

×

失活著明

失活する

投与方法

経口で簡便

注射が必要

他のワクチンとの混合製剤

×

期待は薄い

可能

10

価格

安価

高価


 13)世界の流行状況(2012年)
世界の流行状況表

























 注)1994年10月1日から2011年3 月31日までに本邦のVAPP は38例報告されている

 
  14)野生株の侵入

野生株がポリオ患者ゼロの国に侵入した例
     1999年  インド ⇒ 中国(青海)          1型
     2006年  ナイジェリア ⇒ シンガポール 1型
     2007年  パキスタン ⇒ オーストラリア  1型
     2011年  パキスタン ⇒ 中国(新疆)     1型
 
 このように海外からあるいは隣の国から持ち込まれて一部の地域で小流行がみられることがあります。国民の大半がポリオに免疫をもち、しかも地域での接種状況に格差がなければ大きな流行になることはありません。現在では2型の流行は無くなり、流行している地域では1型が大半を占めます。3型も少数ながら流行しています。

 15) 不活化ワクチンの導入
 
 2012年9月からやっと日本でも不活化ワクチンが導入され、生ワクで生じる麻痺からは解放されることになりました。不活化ワクチンは大流行の時代には向きませんが、今日のように流行が無くなった時代には、安全に個人を防御するのに向いています。 
 最も不活化ワクチンはよいことばかりではありません。途上国にとっては、生ワクより遥かに価格が高く、注射で接種しますから注射器や針にも事欠くところでは不活化への切り替えは容易なことではありません。
 日本で今後、従来の三種混合と不活化ポリオを混合した4種混合ワクチンが普及しますが、すでに三種混合やポリオの生ワクを接種してきた場合には、接種の回数や接種間隔を調整することが必要になります。
 また今後不活化ワクチンのみを接種した場合に何時まで免疫を維持できるかがわかりません。海外では不活化だけで30年も維持できているところもありますが、国産のワクチンは生ワクチンを不活化しており、海外の不活化ワクチンとは基本的に多くの相違点があり、海外のデータが日本にそのままあてはまる訳ではありません。

16)不活化ワクチンの内容の相違(ワクチン0.5mlあたりの0.5D抗原単位)

 

 

種ウイルス

1型

2型

3型

初期の不活性化ワクチン

野生株(強毒)

20

強化不活性化ワクチン

野生株(強毒)

40

32

国産不活性化ワクチン

セービン株(弱毒)

1.5

50

50

 海外で接種されてきた不活化ワクチンは野生株をホルマリンで不活化していますが、国産の不活化ワクチンは今まで接種されてきた弱毒生ワクチンのウイルスを不活化しています。全く別のワクチンと考えた方が理解しやすくなります。効果を優先すれば副反応は強くなり、安全性を優先すれば効果が落ちます。必要な効果を得ながら副反応を最大限抑えていくバランスが求められます。野生株は毒性が強く、ワクチンを作るにも作業工程での感染を防ぐ設備が必要になります。そのために先進国の一部ワクチンメーカーにしか製造できない点があり、大量生産にも高コストがかかります。一方、国産の弱毒株ウイルスを用いたワクチンでは設備投資が少なく、今後途上国でも製造が可能になると期待されています。また、世界が不活化ワクチンのみの接種に切り替わった時、生ワクチンの製造技術が継承され、将来再び大流行に見舞われ生ワクが必要となった時にも対応が出来ると考えられます。

 17)ワクチン関連マヒ(VAPP)

 ポリオウイルスは腸管内で増殖していく過程において極まれに毒性を復帰することがあります。そのためにワクチン投与によってポリオの麻痺症状が出てしまうことがあります。
 日本では免疫異常者を除いて486万人に1人の割合で生ワク接種後にワクチンによる麻痺が報告されています。また生ワク接種した子どもから周囲への伝染で789万人に1例の割合で麻痺が出ています。最近の10年間では生ワク接種後に発症したとして健康被害救済が認定された例は前述のように15例で、これは100万接種あたり約1.4人になります。また最近5年間でワクチンを接種した子どもの周囲での麻痺発生は1例でした。
  
 18)ワクチン由来株ポリオ(VDPV)

 ポリオウイルスは腸管で増殖するウイルスであり、増殖過程で遺伝子変異を起こしたり、他の腸管内ウイルスとの間での遺伝子を組み換え(交換)たりして、弱毒株が強毒株に毒性の復帰をすること稀にあります。接種したワクチンウイルスから周囲に伝搬する事例が2000~01年にドミニカ、ハイチで初めて報告されました。2000年以降でワクチン株由来のポリオが報告されてきたのは赤道付近の11カ国です。現在全く流行は見られなくなった2型ウイルスが最も多く、継いで1型が少し、3型はほとんどみられません。このため2型を強化した不活化ワクチンが必要になります。
 生ワクを続ける限り、非流行地であっても、生ワクチンによりポリオが発生することが避けられません。幸い大流行には至っておりませんが、地球上からポリオを排除していく上で解決しないといけない課題になっています。特にナイジェリア北部は従来の野生株とワクチン由来株とが混在して流行しています。

ポリオ流行-1














ポリオ流行-2













 
 
 



 19)3種類のポリオウイルス

①流行している型は、1型>>3型。2型は現在流行していない。
②ワクチン関連麻痺をきたしやすい型は、3型(約60%)>>2型>>1型(まれ)
③ワクチン株由来のポリオ発生は、2型>>1型>>3型

 接種率が高い国でも一部で極端に低い接種率の地域が存在すると、その集団にウイルスが持ち込まれたときに流行が発生します。野生株の流行国が残り、生ポリオワクチン接種が続く限り、国全体で高い接種率を維持していかないとポリオ流行のリスクは消えません。

 20)WHOの勧告 
 
2010年WHOは今後のポリオ排除の目標を設定しました。
 ① 野生株ポリオウイルスの排除(自然環境下でのウイルスを無くす)
 ② 弱毒ワクチンウイルスも排除(生ワク由来のウイルスを無くす)
 ③ 不活化ワクチンへの完全な切り替え(全てのポリオウイルスを排除する)
 生ワクを続ける限り地球上からウイルスが残るので、不活化ワクチンへの切り替えを進めることを打ち出しました。ただ途上国では資金難と医療資源の不足から高額な不活化ワクチン導入は極めて困難です。
 
 21)国産不活化ポリオワクチンの特徴

 ・現在、生ワクに用いられている弱毒化ポリオウイルス(セービン株)を不活化
 ・利点:製造設備がバイオセフティ2で可能
 ・世界の現状:将来途上国で低コストの生産を目指して開発が進行中
 ・海外の強毒株との相違:ウイルスの性状が異なる(抗原性、免疫原性)
   同じ抗原量を用いた場合は2型に対しての免疫効果(免疫原性)が強毒株より弱い
    国産ワクチンでは2型3型の抗原を野生株に比較して多く配合した。
      1型に関しては少量で済む
・課題:ワクチンの評価に用いる測定法が国際的に標準化されていないため、今後実際に接種した上での効果などの評価が重要になる

注)バイオセフティとは、菌やウイルスなどを扱う時に、その毒性の強さや伝染力などを考慮して危険性のレベルを4段階に設定されています。レベル1は最も危険性が低く、レベル4は最も危険性が高くなっています。
  不活化ポリオは弱毒(セービン株)であればBSL2、施設はP2で済みますが、強毒ウイルス(ソーク株)を扱う場合はBSL3、設備はP3になります。

病原体を安全に扱う検査室
















参考
ソーク株・セービン株
 
 












2012年10月

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